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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)1180号 判決

三木市本町二丁目三番二号

原告

田中弘道

右訴訟代理人弁護士

久保田寿一

右輔佐人弁理士

森本邦章

同市末広三丁目二番一一号

被告

久保田工業株式会社

右代表者代表取締役

久保田義一

右訴訟代理人弁護士

牛田利治

右訴訟代理人弁護士

大野潤

右牛田利治訴訟復代理人弁護士

白波瀬文夫

内藤早苗

右輔佐人弁理士

山下賢二

主文

一  被告は、原告に対し、金一二万七五〇〇円およびこれに対する昭和五九年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一五〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一八九九万円および内金二二五万円に対する昭和五九年八月二九日から、内金七五六万円に対する昭和六一年一二月一六日から、内金九一八万円に対する平成二年五月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  主張

一  原告

1  請求原因

(一) 原告の意匠権

(1) 原告は、次の意匠権(以下「本件意匠権」といい、これに係る意匠を「本件意匠」という。)を有している。

出願 昭和四六年五月二五日

出願番号 四六-一七七〇五

登録 昭和四九年四月二六日

登録番号 三八三〇七一

意匠に係る物品 のこぎり

登録意匠 別紙意匠公報(一)の図面記載のとおり

(2) 本件意匠には、次の類似意匠が付帯している(以下「本件類似意匠」という。)。

出願 昭和四六年九月二日

出願番号 四六-三二二五八

登録 昭和四九年一〇月七日

登録番号 三八三〇七一の類似一

意匠に係る物品 のこぎり

登録意匠 別紙意匠公報(二)の図面記載のとおり

(二) 被告の製造・販売行為

被告は、次のとおり、(1)、(2)記載の各「のこぎり」を業として製造・販売している。

(1) 別紙物件目録(一)記載の「のこぎり」(以下「イ号物件」といい、その意匠を「イ号意匠」という。)を昭和五九年三月一日から同年七月三一日まで

(2) 別紙物件目録(二)記載の「のこぎり」(以下「ロ号物件」といい、その意匠を「ロ号意匠」という。)を昭和五九年八月一日から平成元年九月三〇日まで

(三) 本件意匠とイ号意匠の対比

イ号意匠は、以下に述べるとおり、本件意匠の類似範囲に属する。

(1) 本件意匠の構成

本件類似意匠を考慮して本件意匠の構成を分説すると、次のとおりである。

イ 前部に刃部を、後部に握り部を設けて、全体としてピストル形状に形成したのこぎりに係るものである。

右の構成は、本件意匠及び本件類似意匠に共通する構成であるが、類似意匠の方が握り部の形状をスマートに握り易くしている。

ロ 刃部は先端にいく程細くなつた細長状としている。右の構成は、両意匠に共通する構成である。

ハ 握り部は、てのひらに握り易く曲つた細長形状としている。

右の構成は、両意匠に共通する構成であるが、本件意匠では「ヘ」の字形に折れ曲つた細長三角形状、本件類似意匠では細長円弧形状としている。

ニ 刃部と握り部との長さ比をほぼ三対一としている。

右の構成は、両意匠に共通する構成である。

ホ 握り部のほぼ中央部に握り部にそつて開孔部を開孔している。

右の構成は、両意匠に共通する構成であるが、本件意匠では細長三角形状、本件類似意匠ではスマートな細長円弧形状となつている。

(2) イ号意匠の構成

イ号意匠は、「のこぎり」に係るものであつて、その構成を分説すると、次のとおりである。

イ 前部に刃部を、後部に握り部を設けて全体としてピストル形状に形成されている。

ロ 刃部は先端にいく程細くなつた細長状としている。

ハ 握り部は、てのひらに握り易くした弧状としている

ニ 刃部と握り部との長さ比をほぼ二対一としている。

ホ 握り部の弧状となつた端部は尖つているとともに、握り部のほぼ中央部に握り部にそつて弧状の開孔部を開孔している。

(3) 本件意匠とイ号意匠の比較

イ イ号物件が本件意匠に係る物品「のこぎり」に該当することはいうまでもない。

ロ そして、イ号意匠の構成イ、ロ、ハ、ホをすべて充足していることは、両者を比較することにより明らかである。

ハ イ号意匠の構成ニは、本件意匠の構成ニと異なつているが、全体としてみると、刃部と握り部との長さ比が異るからといつてイ号意匠が本件意匠とは別異のものであると認める程の美感上の差異があるとはいえないから、これはイ号意匠を本件意匠の類似範囲外にあるとする理由になるものではない。

ニ 従つて、イ号意匠は本件意匠の類似範囲に属する。

(四) 本件意匠とロ号意匠の対比

(1) ロ号意匠は、以下に述べるとおり、本件意匠の類似範囲に属する。

イ 本件意匠の構成

前記(三)(1)のとおり

ロ ロ号意匠の構成

ロ号意匠は、「のこぎり」に係るものであつて、その構成を分説すると、次のとおりである。

(イ) 前部に刃部を、後部に握り部を設けて全体としてピストル形状に形成されている。

(ロ) 刃部は先端にいく程細くなつた細長状としている。

(ハ) 握り部は、てのひらに握り易くした弧状としている。

(ニ) 刃部と握り部との長さ比をほぼ二対一としている。

(ホ) 握り部の弧状となつた端部は尖つているとともに、握り部の下端部に丸穴開孔を残して、握り部の両側面のほぼ中央部に、握り部にそつて握り部のほぼ半分の深さにへこませた弧状の溝状開孔部をそれぞれ凹設している。

ハ 本件意匠とロ号意匠の比較

(イ) ロ号物件が、本件意匠に係る物品「のこぎり」に該当することはいうまでもない。

(ロ) そして、ロ号意匠の構成(イ)、(ロ)、(ハ)をすべて充足していることは、両者を比較することにより明らかである。

(ハ) ロ号意匠の構成(ニ)、(ホ)は、本件意匠の構成ニ、ホと異つているが、全体としてみると、刃部と握り部との長さ比が異なり、あるいは開孔部の代わりに凹部があるからといつて、ロ号意匠ぶ本件意匠とは別異のものであると認める程の美感上の差異があるとはいえないから、これらは、ロ号意匠を本件意匠の類似範囲外にあるとする理由になるものではない。

(ニ) 従つて、ロ号意匠は、本件意匠の類似範囲に属する。

(2) 仮にロ号意匠が本件意匠の類似範囲に属しないとしても、以下に述べるとおり、ロ号意匠と本件意匠との間には利用関係があるから、ロ号意匠を実施することは本件意匠権の侵害にあたる。

すなわち、本件意匠に係る物品「のこぎり」と後記の被告意匠に係る物品「のこぎりの柄」とは完成品と部品の関係があり、かつ被告意匠は、本件意匠の利用意匠に当るから、被告意匠を実施することは本件意匠権の侵害となる。

(五) 被告の侵害行為と責任

(1) 被告がイ号物件、ロ号物件を業として製造・販売することは、原告の本件意匠権を侵害する。

(2) 被告は、故意又は過失により原告の本件意匠権を侵害したものであるから、民法七〇九条に基づき、原告に対し、右意匠権侵害によつて原告が被つた損害を賠償する義務がある。

(3) 過失の推定

意匠法四〇条本文は、他人の意匠権を侵害した者は、その侵害の行為について過失があつたものと推定している。

(六) 原告の損害

(1) 意匠法三九条一項は、意匠権者が故意又は過失により自己の意匠権を侵害した者に対し、その侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額を意匠権者が受けた損害の額と推定している。

(2) 原告は、本件意匠権を有している。

(3) 有限会社観龍ヤマタ商会(以下「訴外会社」という。)は、原告のみが取締役で、原告のみが出資し、原告のみが営業活動を行なつており、その規模・組織・出資関係・営業内容等からして、実質的に原告個人と同視することができ、訴外会社は、本件意匠に係る「のこぎり」を業として製造販売している。

仮に、実質的に実体が同一でないとしても、原告は、訴外会社が本件意匠権を実施して利益を得、それにより原告が給料・役員報酬等の利益を得ており、訴外会社の収益が減少すれば原告の利益も減少する関係にある。

従つて、形式上訴外会社が本件意匠権を実施しているとしても、原告が本件意匠権を実施しているのと同視することができ、被告の侵害行為により原告に損害が発生したことになる。

従つて、原告は、同法三九条一項の適用を受けることができる。

(4)イ 被告は、昭和五九年三月一日から同年七月三一日まで、イ号物件を毎月五〇〇〇個、合計二万五〇〇〇個製造し、これを一個当り一七〇円、合計四二五万円で販売し、純利益一個当り九〇円、合計二二五万円を得た。

ロ 被告は、昭和五九年八月一日から昭和六一年一一月三〇日まで、ロ号物件を毎月三〇〇〇個、合計八万四〇〇〇個製造し、これを一個当り一九〇円、合計一、五九六万円で販売し、純利益一個当り九〇円、合計七五六万円を得た。

ハ さらに被告は、昭和六一年一二月一日から平成元年九月三〇日まで、ロ号物件を毎月三〇〇〇個、合計一〇万二〇〇〇個製造し、これを一個当り一九〇円、合計一、九三八万円で販売し、純利益一個当り九〇円、合計九一八万円を得た。

ニ 右イないしハの合計額は、金一、八九九万円となる。

(5) 仮に意匠法三九条一項の適用がないとしても、以下の事実に鑑みると、原告の被つた損害は、少くとも二〇パーセントの実施料相当額を下らない。

イ 原告は、長年の営業活動を通じて本件意匠を創作し、自己が経営する訴外会社のみに実施させている。

従つて、その実施は、通常実施ではなく、独占的に実施させているともいうべきものである。

また、本件意匠ののこぎりは、市場占有率が高いから、仮に実施料といつても二〇パーセントを下らない。

ロ 実施料額としては、契約期間中に見込まれる利益の三分の一ないし四分の一が相当であるという見解が支配的である。

従つて、本件の場合、利益はのこぎり一本につき九〇円であるから、一本当り三〇ないし二二・五円/一九〇円-一六ないし一二パーセントという実施料が最低限保障されるべきである。

ハ また、実施料については、売上高の二二パーセントの実例や製品の販売価格の一〇パーセントの実例もある。

ニ 原告は、製造面で常に改良・工夫をして販売に寄与し、第三者に実施許諾せず、独占的な販売ができるように努めていた。

原告は、訴外会社の代表者として訴外会社と実体的に同一と考えてきたから、訴外会社に無償で実施させており、意匠権等の保護による利益を確保して同会社の発展に努めてきた。

そのため、原告への侵害による損害は、実質的に同会社の損害ともなり、実施料額としては二〇パーセントが相当である。

(七) 結論

よつて、原告は、被告に対し、本件意匠権侵害による損害賠償として、金一、八九九万円および内金二二五万円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五九年八月二九日から、内金七五六万円に対する昭和六一年一二月一五日付訴の変更申立書送達の日の翌日である同月一六日から、内金九一八万円に対する平成二年五月七日付訴の変更申立書送達の日の翌日である同月八日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張に対する原告の反論

(一) 被告は、本件意匠・本件類似意匠が公知意匠として創作性が低いと主張するが、簡単な物品でも質素な形状が物品にすばらしく調和して斬新な意匠としての機能を発揮することもあり、本件意匠も握り部に三角状や三日月状の開孔部を開孔したことにより斬新さを有し、創作性は十分である。

(二) 原告は、本件意匠の出願前に、ピストル型のこぎりの柄にそつて開孔せず、凹設するものを木材のモデルで種々工夫したが、きれいに凹設することが難しかつたので、一層のこと開孔した方が実用的であるとして出願したのが本件意匠と本件類似意匠である。

また、被告がロ号物件にこだわるのは、本件意匠がデザ

イン面、製作面、機能面にすぐれ、また本件意匠の存在によつて競争者が少なく、売上が良好なことによる。

(三) また、被告は、ロ号物件には握り部にそつた開孔部がみられず、丸い吊り下げ用孔があるにすぎないから、非類似であると主張する。

しかし、ロ号意匠は、全体的に本件意匠と極めて良く似ており、本件意匠の類似範囲に属している。

被告は、丸い吊り下げ用孔と本件意匠の握り部の弧状の開孔部とを対比しているようであるが、この丸い孔はのこぎりにとつて周知の形状で特徴部とはならず、握り部の弧状の凹部を対比すべきである。

ロ号意匠は、凹部の形状も全体的な形態も本件意匠に極めて似ているため、本件意匠に類似しているのは明白である。

(四) さらに、被告は、公知資料を示して本件意匠の範囲を制限しようとしているが、右公知資料は本件意匠とは程遠く、ロ号意匠の類似判断に影響がない。

意匠は、物品の外観の美感に関するもので、特許や実用新案の技術的思想とは相違しており、単に握り部にそれにそつて開孔される技術が公知であるといつても、技術的思想と違つてそれを自由に転用しうるものではなく、握り部の形状や全体の外観が全く異なれば、意匠の類似判断に何ら影響を与えるものではない(意匠法三条二項は、同法特有の規定である。)。

(五) 被告は、ロ号物件の「のこぎり用柄」を物品として意匠登録を受けた旨主張する。

(1) しかし、意匠法は、公知意匠について登録を受けられないのが原則である。

後記の被告意匠は、昭和六二年に出願されたが、本訴の経緯から明らかなように、この「のこぎり用柄」に係る「のこぎり」はすでに販売され公知であつたのに、特許庁をぎまんして登録を受けたものであるから無効である。

(2) 意匠法においては、意匠は物品の区分により出願して登録を受けることができる(同法七条)。

そのため、完成品とその部品との関係でも物品として非類似と判断されて意匠登録を受けることができる。

しかし、その部品が登録されても、それを完成品として実施して登録意匠に類似すれば侵害と判断される。

(3) 従つて、このような被告意匠は、公知の事実に反して不当に登録されているのであるから無効である。

3  抗弁に対する認否及び反論

(一) 抗弁(一)の事実は否認する。

(二) 本訴は、意匠権侵害に基づく損害賠償を求めるものであるが、時間の経過につれて損害か増加していくものであり、右増加分についての請求は、当初から確定した損害賠償請求権の一部を請求しているものではなく、将来損害額の増加により当然に請求の拡張がされることが当初から予想されているものであるから、本訴の提起により、将来の損害額についても原告の被告に対する請求の意思は表明されている。

従つて、増加分については、原告がこれを放棄する旨の特段の意思表示をしない限り、本訴提起自体に請求意思が潜在的に存在している。

よつて、被告主張の消滅時効の抗弁は失当である。

二  被告

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)、(二)の各事実は認める。

(二) 同(三)ないし(五)の各事実及び主張は争う。

(三) 同(六)の事実のうち、被告によるイ号物件の販売数量が二万五〇〇〇個、販売単価が一七〇円、販売代金総額が四二五万円であること、昭和五九年八月一日から昭和六一年一一月三〇日までのロ号物件の販売数量が八万四〇〇〇個、販売単価が一九〇円、販売代金総額が一、五九六万円であること、同年一二月一日から平成元年九月三〇日まてのロ号物件の販売数量が一〇万二〇〇〇個、販売単価が一九〇円、販売代金総額が一、九三八万円であることは認めるが、その余は争う。

2  被告の主張

(一) 本件意匠の要部

(1)イ 意匠の類否判断の基本的前提として、登録意匠の要部を明らかにする必要がある。

ロ 要部とは、公知意匠にない新規な部分で、見る者の注意を強く惹く部分であり、その実体は、公知意匠と対比した場合における創作性ある部分である。

ハ そして、登録意匠の要部は、当該意匠の出願前のその分野における公知公用の意匠が存する場合には、これを参酌して当該意匠の創作性の存否・程度を把握して定められなければならない。

ニ そして、登録意匠に類似意匠が付帯している場合においても、対比意匠との類否はあくまでも本意匠との比較によつて決すべきである。

ホ しかし、意匠法二二条により類似意匠の意匠権は本意匠の意匠権に合体するとされており、また類似意匠は本意匠の類似範囲を明確ならしめるための有力な資料であるから、これを参酌しなければならない。

ヘ そして、類似意匠を参考にする場合でも、当該本意匠又は類似意匠が公知意匠との関係で創作性の程度が相対的に低いことが明らかになれば、そのことも考慮に入れたうえで参考資料とすべきである。すなわち、公知意匠の内容如何によつては、類似意匠を参考にして定められた類似の範囲も相応に限定されなければならないのである。

(2) 原告が主張する本件意匠の構成は、本件意匠の出願前公知であつた。

これを裏付ける資料としては、次のようなものがある。

イ ピストル型のこぎりは、本件意匠の出願に先立つて、昭和四五年一月頃、被告が製造・販売していたもので、この点に関する近江産業株式会社の証明書(乙第一号証)がある。

ロ 海外においても、本件意匠の出願に先立つて、ピストル型のこぎりは多数開示されており、この点に関して、アメリカ特許・商標局の特許公報(乙第二ないし第一四号証)がある。

ハ さらに、握り部に開孔部が設けられているものも、多数開示されており、この点に関して、乙第二、第三号証、第六、第七号証、第一三号証、第二二号証がある。

ニ 国内市場においても、ピストル型のこぎりは、次のとおり、多数の事業者により、きわめてありふれた形状のものとして用いられており、この点に関して、カタログ(金蔵鋸工業株式会社-乙第一五号証、清水鋸工業株式会社-乙第一六号証、山口金属株式会社-乙第一七号証、株式会社山萬製作所-乙第一八号証、関西洋鋸株式会社-乙第一九号証、有限会社魚種製作所-乙第二〇号証、株式会社ユーエム工業-乙第二一号証、被告会社-乙第二二号証)がある。

ホ さらに、握り部がピストル型で、かつ握り都に本件意匠に近似した形状の開孔部が設けられたものが多数開示されており、この点に関して、実用新案公報(乙第三七号証、第四〇ないし第四四号証)、意匠公報(乙第三八、第三九号証)、特許公報(乙第四五号証)がある。

(3) また、本件意匠についての無効審判事件の審決において、特許庁審判官は、「本件意匠につき、〈1〉握り柄の外郭形態において、本件意匠が「ヘ」の字を態様としているのに対し、本件類似意匠が「ヘ」の字の態様を基本とした弧状をもつて形成しているとし、〈2〉両意匠共に握り柄の内側の形態において、下方を幅広に上方を漸次幅狭に開孔しており、この種物品において、軽量化または材料節減や収納時の吊り下げ用孔として、意匠上強い共通感があり、握り柄全体として観察するとき特長を共にし、この点が両意匠の主要部であると認められる」とし、要するに右〈2〉の点が独特の美感を起こさせると判定している。

(4) 従つて、本件意匠の類似範囲は、極めて狭いものであり、最大限原告に利益になるように理解したとしても、本件意匠の新規で創作力ある部分、すなわち、本件意匠の要部は、ピストル型の握り部に「本件意匠に示されるような握り部の外縁にそつた形状の開孔部」が設けられている点でしかない。換言すれば、「握り部に、本件意匠に示されるような握り部の外縁にそつた形状の開孔部が設けられていないもの」は、本件意匠の類似範囲に含まれない。そして、原告主張の構成イ、ロ、ニは、いずれも本件意匠の要部とはなり得ないものである。

(二) イ号意匠の構成

(1) イ号意匠の構成を分説すると、次のとおりである(別紙図面(一)参照)。

イ 先端側に刃部1を、手元側に握り部2を設けて全体としてピストル形状に形成されている。

ロ 刃部1は先端側にいく程細くかつ鋭くなるように形成され、握り部2は刃部寄りの刃締め兼用部分3と把持部分4の長さが略一対二の割合になるように一体成形され、刃締め兼用部分3は刃部基端部分5よりやや幅狭で細長い矩形状に形成され、その両端の近傍には、二個のピン6、7が配され、握り部2のうち把持部分4は、手元部8に近づくにつれて内側になだらかに湾曲し、次第に幅広となる薄く細長い三日月形の板状に形成され、刃部1と握り部2の長さ比はほぼ二対一にしてある。

ハ 握り部2の略中央部分から把持部分4の手元部8にかけて、把持部分4の正面からみた外側線にそうように比較的大きな開孔部9がもうけられ、把持部分4の刃締め兼用部分3寄りの部分には、凹部10がもうけられている。

(三) 本件意匠とイ号意匠の比較

(1) 本件意匠の要部は、握り部が「ヘ」の字形に折れ曲つた細長三角形状である点にあるが、イ号意匠においては、これと異なり、握り部は刃締兼用部分と把持部分によつて構成されているところ、刃締兼用部分は細長い矩形状であり、把持部分は手元部に近づくにつれて内側になだらかに湾曲し、次第に幅広となる薄く細長い三日月形の板状に形成されている。

従つて、本件意匠は、ごつごつした感じを与え、全体としてずんぐりした印象を与えるのに対し、イ号意匠は、全体として細長く、柔かい女性的な美感を与える。

(2) また、本件意匠の要部は、開孔部の形状が細長三角形状である点にあるが、イ号意匠の開孔部は、把持部分の形状に応じる形状であり、比較的大きく開孔しており、その形状も優美であるため、右開孔部により優美な美感を呈しているものであるから、本件意匠における細長三角形状の開孔部とは印象を異にしている。

(3) 以上のとおり、イ号意匠、本件意匠の要部をそなえていないから、本件意匠の類似範囲に属さない。

(4) 仮に、本件類似意匠の範囲に限定を加えないとすると、その要部は、「ピストル形状ののこぎりの握り部に、握り部にそつて比較的大きな開孔部をもうけた」点にあることとなるが、(イ)本件類似意匠の握り部においては、刃締兼用部分が著しく短かく、又把持部分が手元に近づくにつれて内側に「なだらかに湾曲する」ものではなく、湾曲が不自然なため、ごつごつした感じを与え、(ロ)本件類似意匠の把持部分においては、手元部に近づくにつれて「次第に幅広に」なるのではなく、その幅は手元部においても略同幅であるため、優美な美感が全くなく、(ハ)本件類似意匠においては、刃部と握り部との長さの比がほぼ三対一になつているので、イ号意匠と比べ握り部が著しく小さく、握りにくい不安定な印象を与え、(ニ)本件類似意匠においては、開孔部が握り部のほぼ全体にもうけられているのに対し、イ号意匠は、握り部の手元部寄りの約半分の領域にもうけられていて、安定した優美な美感を与えている。

(5) 右のような相違点が認められるため、イ号意匠には、本件意匠にない独特な美感が認められ、本件意匠の類似範囲には属さない。

(四) ロ号意匠の構成

ロ号意匠の構成を分説すると、次のとおりである(別紙図面(二)参照)。

(1) 先端側に刃部1を、手元側に握り部2を設けて全体としてピストル形状に形成されている。

(2) 刃部1は、先端側にいく程細くかつ鋭くなるように形成され、握り部2は、刃部寄りの刃締め兼用部分3と把持部分4の長さが略一対二の割合になるように一体成形され、刃締め兼用部分3は、刃部基端部分5よりやや幅狭で細長い矩形状に形成され、その両端の近傍には、二個のピン6、7が配され、握り部2のうち把持部分4は手元部8に近づくにつれて内側になだらかに湾曲し次第に幅広となる薄く細長い三日月形の板状に形成され、刃部1と握り部2の長さ比はほぼ二対一にしてある。

(3) 握り部2の略中央部分から把持部分4の手元部8にかけて、把持部分4の正面からみた外側線にそうように比較的大きくかつ潔い凹部9が、把持部分4の刃締め兼用部分3寄りの部分には、浅い凹部10がそれぞれもうけられており、把持部分2の手元部8付近には、小さい円形の開孔部11がもうけられている。

(五) 本件意匠とロ号意匠の比較

(1) 本件意匠の要部は、握り部が「ヘ」の字形に折れ曲つた細長三角形状である点にあるが、ロ号意匠においては、これと異なり、握り部は刃締め兼用部分と把持部分によつて構成されているところ、刃締め兼用部分は細長い矩形状であり、把持部分は手元部に近づくにつれて内側になだらかに湾曲し、次第に幅広となる薄く細長い三日月形の板状に形成されている。

従つて、本件意匠は、ごつごつした感じを与え、全体としてずんぐりした印象を与えるのに対し、ロ号意匠は、全体として細長く、柔かい女性的な美感を与える。

(2) また、本件意匠の要部は、開孔部の形状が細長三角形状である点にあるが、ロ号意匠においては、小さく丸い円形の開孔部がもうけられているから、本件意匠とは全く美感を異にしている。

(3) 以上のとおり、ロ号意匠は、本件意匠の要部をそなえていないから、本件意匠の類似範囲に属さない。

(4) 仮に、本件類似意匠の範囲に限定を加えないとすると、(イ)本件類似意匠の握り部においては、刃締め兼用部分が著しく短かく、又、把持部分は手元部に近づくにつれて内側に「なだらかに湾曲する」ものではなく湾曲が不自然なためごつごつした感じを与え、(ロ)さらに把持部分は手元部に近づくにつれて「次第に幅広に」なるのではなく、その幅は手元部においても刃締め兼用部分においても略同幅であるため、優美な美感が全くなく、(ハ)刃部と握り部の長さはほぼ三対一になつているので、ロ号意匠と比べ握り部が著しく小さく握りにくい不安定な印象を与え、(二)本件類似意匠においては、開孔部が握り部のほぼ全体に大きくもうけられているのに対し、ロ号意匠は握り部の手元部付近に小さい円形の開孔部がもうけられているにすぎない。

(5) 右のような相違点が認められるため、ロ号意匠には、本件意匠にない独特な美感が認められ、本件意匠の類似範囲には属さない。

(6)イ 被告は、次の意匠権(以下「被告意匠権」といい、これに係る意匠を「被告意匠」という。)を取得した。

出願番号 昭和六二年意匠登録願第四六七二三号

登録 平成三年一〇月二五日

登録番号 八二七九五二

意匠に係る物品 のこぎり用柄

登録意匠 別紙図面(三)(四)記載のとおり

ロ 右のこぎり用柄は、ロ号物件の柄と同一形状のものである。

ハ 右被告意匠は、昭和六二年に出願されたが、すでに昭和四九年に本件意匠は登録されていたから、本件意匠の一部である「のこぎりの柄」部分の意匠は公知となつていた。

従つて、被告意匠の「柄」の意匠が、本件意匠の「柄」に類似するならば、被告意匠は出願前の公知意匠に類似するとして、特許庁で意匠法三条一項一号により拒絶査定を受けたはずである。

ところが、特許庁は、被告意匠の登録を認めたから、被告意匠の「柄」と本件意匠の「柄」は類似しないと判断したことが明らかである。

被告意匠の審査にあたり、物品として類似である「のこぎり」にかかる本件意匠中の「のこぎりの柄」を公知意匠として引用し、被告出願が引用にかかる公知意匠と類似するとして意匠法三条一項一号に該当するとの理由で拒絶しえたし、また、本件意匠から刃部をとりされば柄のみとなるので、両者の「柄」について類似関係を認めうるならば、被告意匠は容易に創作しうるとの理由で同法三条二項により拒絶することもできた。

ニ 本訴の争点は、柄部の形状の類否に重点があるのであつて、刃部の形状は、原告の意匠、被告意匠、イ号意匠、ロ号意匠のいずれにおいても、ありふれた形状のものである。

従つて、ロ号意匠の「柄」と同一形状である「柄」の被告意匠が本件意匠と類似しないとの特許庁の判断を受けている以上、のこぎり全体としてのロ号意匠が本件意匠の類似範囲にないことは明らかである。

ホ また、本件類似意匠は、昭和四九年一〇月七日に登録され、意匠公報によつて公知となり、被告意匠の出願時には公知意匠(同法三条一項一号)、刊行物記載意匠(同条一項二号)となつていた。

この場合において、公知意匠、刊行物記載意匠となつたものは、本件類似意匠の「のこぎり全体」と「のこぎりの柄」である。

拒絶理由として引用する場合の公知意匠、刊行物記載意匠は、部品でもよいから、本件類似意匠ののこぎりの柄と被告意匠ののこぎりの柄が類似であるならば、特許庁は、同法三条一項三号に該当するとの理由で被告意匠につき拒絶査定しなければならない。

ところが、登録を認めたのは、被告意匠ののこぎりの柄(ロ号物件と同一)と本件類似意匠ののこぎりの柄が類似しないと判断したからである。

ヘ 次に原告は、利用関係が成立すると主張する。

しかし、利用とは、侵害被疑意匠が登録意匠を「そつくりふくんでいる」場合に成立するものであつて、本件のようにロ号物件の柄が本件意匠の柄と非類似であるときは、侵害被疑意匠が登録意匠を「そつくりふくんでいる」場合とはいえないから、原告の利用の主張は失当である。

(六) 損害額の推定について

(1) 訴外会社は、従業員も相当数おり、法人税申告もしているから、決して形骸的なものではなく、原告個人と同一視すべき存在ではない。

(2) 従つて、原告は、不実施の意匠権者であるから、意匠法三九条一項の損害の推定規定を援用することはできない。

その理由は、同規定は「損害の額」のみを推定するのであり、「損害の発生自体」は意匠権者が民法七〇九条の一般原則に従い、主張・立証しなければならないところ、不実施の意匠権者には「損害の発生」がないからである。

(3) それ故、不実施の意匠権者たる原告は、たとえ侵害が成立するとしても、意匠法三九条二項の実施料相当額(売上高の三パーセント程度)の損害賠償のみを請求しうるにすぎない。

(七) 損害額について

(1) イ号物件、ロ号物件の原価は一五一・四一円である。

そして、イ号物件の販売価格は一七〇円であるから、一個当りの利益は一八・五九円となる.

また、ロ号物件の販売価格は一九〇円であるから、一個当りの利益は三八・八六円となる。

(2) イ号物件の販売代金総額が四二五万円となるので、その三パーセントにあたる実施料相当額は一二万七五〇〇円となる。

(3) ロ号物件の昭和五九年八月一日から平成元年九月三〇日までの販売代金総額が三、五三四万円となるので、その三パーセントにあたる実施料相当額は一〇六万〇二〇〇円となる。

3  抗弁

(一) 意匠権侵害に基づく損害賠償請求権は、不法行為に基づく損害賠償請求権であるから三年の消滅時効にかかる。

原告は、平成二年五月七日付訴変更申立書により、ロ号物件につき、昭和六一年一二月一日から平成元年九月三〇日までの実施行為による損害賠償を求めるにいたつたが、それより三年以前、すなわち昭和六一年一二月一日から昭和六二年五月六日までの分については消滅時効が完成している。

(二) そこで、被告は、平成二年七月二三日の本件第二七回口頭弁論期日において右時効を援用した。

よつて、原告の本訴請求は失当である。

第三  証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件意匠権、イ号物件・ロ号物件の実施について請求原因(一)、(二)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  本件意匠とイ号意匠の対比について

1  対象物品の同一性について

前記一の認定事実によれば、イ号物件が本件意匠に係る物品と同様に「のこぎり」に該当することが明らかである。

2  本件意匠と本件類似意匠の構成について

成立に争いのない甲第一号証、乙第二四号証により、イ号意匠との対比に必要な範囲において、本件意匠と本件類似意匠の構成をみると、次のとおり分説できると認めるのが相当である。

(一)  本件意匠の構成について

(1) 前部に刃部を、後部に握り部を設けて全体としてピストル形状に形成している。

(2) 刃部は先端にいく程細くなつた細長状としている。

(3) 握り部は、てのひらに握り易く、「ヘ」の字形の細長形状としている。

(4) 刃部と握り部との長さ比をほぼ三対一としている。

(5) 握り部細長三角形部分のほぼ中央部に右細長三角形に相似した小さい細長三角形の開孔部を設けている。

(二)  本件類似意匠の構成について

(1) 前部に刃部を、後部に握り部を設けて全体としてピストル形状に形成しているが、本件意匠よりも握り部の形状をスマートに握り易くしている。

(2) 刃部は先端にいく程細くなつた細長状としている。

(3) 握り部は、てのひらに握り易く、「ヘ」の字形を基本とした細長弧状としている。

(4) 刃部と握り部との長さ比をほぼ三対一としている。

(5) 握り部のほぼ中央部に右細長円弧形にほぼ相似した、かなり大きい開孔部を設けている。

3  本件意匠と本件類似意匠に共通する構成について

以上にみてきた本件意匠と本件類似意匠の各構成を通覧すると、それぞれの構成のうち、少くとも、(一)前部に刃部を、後部に握り部を設けて全体としてピストル形状に形成していること、(二)刃部は先端にいく程細くなつた細長状としていること、(三)握り部は、てのひらに握り易く、「ヘ」の字形を基本とした細長形状としていること、(四)刃部と握り部との長さ比をほぼ三対一としていること、(五)握り部のほぼ中央部に、握り部に相似した開孔部を設けていることが各意匠にみられる共通の構成であるということができる。

4  公知意匠について

(一)  成立に争いのない乙第一ないし第一四号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第三七号証、第三九ないし第四五号証によれば左記(1)ないし(7)の各資料に示された意匠は、本件意匠の登録出願(昭和四六年五月二五日)前、公知であつたと認められる。

(1) 近江産業株式会社は、昭和四四年五月二三日、被告に対し、自社製のピストル型手引鋸の成形金型二面を売却し、さらに昭和四五年一月一一日、被告に対し、同金型によつて成形したピストル形把手五、二〇〇組を売却し、これらによつて、ピストル型のこぎりは、公知意匠となつた(公知資料-乙第一号証)。

(2) ピストル型のこぎりに係る特許庁の公報(昭和三七年-乙第四〇、第四一号証、昭和三八年-乙第四二号証、昭和四三年-乙第四三、第四四号証、昭和四二年-乙第四五号証)。

(3) ピストル型のこぎりに係るアメリカ特許商標局の特許公報(昭和一〇年ないし昭和三四年-乙第二ないし第一四号証)。

(4) 握り部に開孔部を設けたピストル型のこぎりに係る同特許公報(昭和一〇年ないし昭和二七年-乙第二、第三号証、第六、第七号証、第一三号証)。

(5) 握り部に開孔部を設けたピストル型のこぎりに係る特許庁の実用新案公報(昭和三七年ないし昭和四一年-乙第三七号証、第四一号証)。

(6) また、刃部と握り部との長さの比をほぼ三対一とするのこぎりに係る意匠は公知意匠である(乙第四号証)。

(7) さらに、握り部に吊り下げ用の円形の小孔を設けたのこぎりに係る特許庁の意匠公報(昭和三七年-乙第四一号証)。

(8) 被告は、日本国内における刊行物にピストル型のとぎりの意匠を記載したカタログがあるとして、乙第一五ないし第二二号証を提出しているけれども、これらが前記出願前に刊行された事実を認めるに足りる証拠はないから、これらを公知資料と認めることはできない。

(二)  右公知資料によれば、前記3(一)ないし(四)および(五)のうち握り部に開孔部を設ける各構成、握り部に吊り下げ用の円形小孔を設ける構成は、いずれも公知であつたということができる。

(三)  成立に争いのない甲第一三号証によれば、被告の主張(一)(3)の事実が認められる。

5  本件意匠の要部について

(一)  以上にみてきたところによれば、本件意匠の構成のち、右4(二)の各構成は、本件意匠の登録出願前公知のものであつたから、右各構成自体は、本件意匠の要部になるものではないというのが相当である。

(二)  そこで、右(一)の事実、前記4(三)の事実及びのこぎりという物品の性質を考慮すると、本件意匠においては、その握り部のほぼ中央部に設けた開孔部が下方を幅広に、上方を漸次幅狭に、かつ握り部にほぼ相似した形状をしている点が、材料節減による軽量感や収納時の吊り下げ用孔として見る者の注意を引く最も特徴的な部分と考えることができ、その点に本件意匠の独特の美感、創作性があると認めることができ、本件意匠の要部は右の点にあると認めるのが相当である。

6  イ号意匠の構成について

前記一の認定事実と被告会社代表者本人の供述によりイ号物件であると認められる検甲第一号証によれば、イ号意匠の構成は、次のとおり分説できると認めるのが相当である。

(一)  前部に刃部を、後部に握り部を設けて、全体としてピストル形状に形成している。

(二)  刃部は先端にいく程細くなつた細長状としている。

(三)  握り部は、てのひらに握り易く、弧状としている。

(四)  刃部と握り部との長さ比をほぼ二対一としている。

(五)  握り部の弧状となつた端部は尖つているとともに、握り部のほぼ中央部に握り部にそつて開孔部を設けており、この開孔部は下方を幅広に上方を漸次幅狭に、かつ握り部にほぼ相似形をしている。

7  本件意匠とイ号意匠の比較について

(一)  イ号意匠の構成(一)ないし(三)は、前記本件意匠の各構成と同一であるということができる。

(二)  イ号意匠の構成(四)は、本件意匠の構成(4)とは異なつている。

しかし、二対一と三対一の差は、ピストル型のこぎりにとつて、ピストル形状の印象を損わしめる程のものではないと解されるし、本件意匠の要部は、この点に存しないから、この差異を重視する必要はない。

(三)  そこで、イ号意匠の構成(五)と前示本件意匠の要部とを比較すると、イ号意匠の構成(五)は、本件意匠の要部を充足していることが明らかである。

さらに、イ号意匠の構成(五)は、握り部の弧状となつた端部が尖つている。しかし、このことによつてピストル型のこぎりのピストル形状の印象を損わしめる程のものではないと解されるし、また、本件意匠の要部は、この点に存しないから、との点を重視する必要はない。

8  類否について

右7認定のとおり、イ号意匠は、本件意匠の要部のすべてを充足しているから、イ号意匠は、本件意匠に類似するものと認めなければならない。

9  従つて、イ号物件を業として実施することは、本件意匠権の侵害となる。

三  本件意匠とロ号意匠の対比について

1  対象物品の同一性について

前記一の認定事実によれば、ロ号物件が本件意匠に係る物品と同様に「のこぎり」に該当するととが明らかである。

2  本件意匠の要部について

前示二5のとおり

3  ロ号意匠の構成について

前記一の認定事実と成立に争いがない甲第七号証の一・二、ロ号物件であることに争いがない検甲第二号証によれば、ロ号意匠の構成は、次のとおり分説できると認めるのが相当である。

(一)  前部に刃部を、後部に握り部を設けて全体としてピストル形状に形成している。

(二)  刃部は先端にいく程細くなつた細長状としている。

(三)  握り部は、てのひらに握り易く、弧状としている。

(四)  刃部と握り部との長さ比をほぼ二対一としている。

(五)  握り部の弧状となつた端部は尖つているとともに、握り部の下端部に吊り下げ用の小さな丸い開孔を残して、握り部の両側面のほぼ中央部に握り部にそつて握り部のほぼ半分の深さにへこませた弧状の凹部を設けており、さらにこの凹部は、下方を幅広に上方を漸次幅狭に、かつ握り部にほぼ相似形をしている。

4  本件意匠とロ号意匠の比較について

(一)  ロ号意匠の構成(一)ないし(三)は、前記本件意匠の各構成と同一であるということができる。

(二)  ロ号意匠の構成(四)は、本件意匠の構成(4)とは異なつている。

しかし、二対一と三対一の差は、ピストル形状の印象を損わしめる程のものではないと解されるし、本件意匠の要部は、この点に存しないから、この差異を重視する必要はない。

(三)  そこで、ロ号意匠の構成(五)と前示本件意匠の要部とを比較すると、ロ号意匠の構成(五)は、握り部の下端部に吊り下げ用の小さな丸い開孔を残しているのみで、握り部にほぼ相似した開孔部を有してい左い。

そうすると、ロ号意匠の構成(五)は、本件意匠の要部を充足していないことが明らかである。

5  類否について

従つて、ロ号意匠は、本件意匠の要部を充足していないから、ロ号意匠は、本件意匠に類似するものとは認められない。

四  被告意匠権の効力について

原告は、被告意匠が公知であつたから、被告意匠権が無効である旨主張する。

しかし、意匠登録を無効とする処分は、特許庁の専権に属する意匠登録無効の審判手続によつてのみとれを行なうととができるのであつて、裁判所は、本訴のような侵害訴訟において、意匠登録の有効性を審理判断する権限を有しないから、被告意匠権は有効として取扱わなければならない。

五  利用意匠の成否について

1  意匠権者は、その登録意匠が、その出願の日前に出願された他人の登録意匠を利用するものであるときは、その登録意匠を業として実施することができない(意匠法二六条一項前段)。

2  他人の意匠の利用とは、ある意匠がその構成要素中に他の登録意匠又はこれに類似する意匠の全部をその特徴を破壞することなく、他の構成要素と区別しうる態様において「そつくりそのまま」包含し、この部分と他の構成要素との結合により、全体としては他の登録意匠とは非類似の一個の意匠をなしているが、この意匠を実施すると必然的に他の登録意匠又は類似意匠の全部を実施する関係にある場合をいうと解するのが相当である。

3  原本の存在及び成立に争いのない乙第四六号証の二ないし四によれば、被告意匠の物品が「のこぎり用柄」であることが認められる。

そうすると、「のこぎり」を物品とするロ号物件の部品であることが明らかである。

4  そして、前掲甲第七号証の一・二、検甲第二号証と前掲乙第四六号証の三・四によれば、被告意匠とロ号物件のうち握り部(柄)の意匠とが同一であることが認められる。

5  本件意匠の要部は、前示二5(二)において説示したとおりであり、本件意匠は、これによつて握り部につき、材料節減による軽量感や収納時の吊り下げ用孔として独特の美感と創作性をもたらしている。

6  被告意匠の構成は、ロ号意匠の構成(刃部を除く。)と同一である。

この構成のうち、(5)の構成をさらに詳細に検討すると、〈1〉握り部の弧状となつた端部が尖つている、〈2〉握り部の両側面のほぼ中央部に、握り部にそつて、握り部のほぼ半分の深さにへこませた弧状の凹部を設けている、〈3〉この凹部は、下方を幅広に上方を漸次幅狭に、かつ握り部にほぼ相似形をしている、〈4〉右凹部の下端部に吊り下げ用の小さな丸い開孔を設けていると一応分説できるが、さらに観点を変えて考察すると、右(5)の構成は、〈イ〉握り部のほぼ中央部に、握り部に相似した開孔部を設けている、〈ロ〉右開孔部の全面に薄い膜を設けている、〈ハ〉右薄い膜の下端部に吊り下げ用の小さな丸い開孔を設けているとも分説することができる。

7  そこで、前記2の法理に照らし検討するに、右観点から考察すれば、被告意匠(従つてロ号意匠)は、握り部に相似した開孔部の全面に薄い膜が付加され、僅かにその下端部に吊り下げ用の小さな丸い開孔が設けられているにとどまることからすれば、右開孔部に材料節減による軽量感、とりわけ収納時の吊り下げ用孔としての美感、創作性をまつたく感受しえず、そうであれば、本件意匠の特徴を損なうことなく、付加的要素である右薄い膜と区別しうる態様において「そつくりそのまま」包含し、被告意匠(従つてロ号意匠)を実施すると必然的に本件意匠・本件類似意匠を実施することになるいわゆる利用関係にはないと言わざるをえない。

8  従つて、被告意匠の物品を含むのこぎりの完成品たるロ号物件を業として実施しても、本件意匠権を侵害することにならないということができる。

9  それ故、原告の本訴請求中、ロ号物件に関する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

六  被告の損害賠償責任について

1  不法行為責任について

イ号物件を業として実施することは本件意匠権の侵害行為に該当する。

従つて、本件意匠権者たる原告は、加害者たる被告に対し、民法七〇九条に基づき、被告の右不法行為によつて被つた損害の賠償を請求することができる。

2  過失の推定について

不法行為責任の成立要件として、加害者の故意又は過失が要求されるところ、意匠法四〇条本文は、他人の意匠権を侵害した者は、その侵害行為について過失があつたものと推定しており、右推定を覆えすに足りる反証はない。

七  原告の損害について

1  原告による本件意匠権の実施について

原告が個人として、本件意匠権を業として実施したことを認めるに足りる証拠はない。

2  訴外会社の実施が原告の実施と同視しうるとの主張について(一) 原告は、訴外会社が実質的にみて原告個人と同視しうることを前提として訴外会社による本件意匠権の実施をもつて、原告の実施であるとする旨主張している。

そこで、成立に争いのない甲第一一号証と原告本人の供述(第二回)と弁論の全趣旨によれば、訴外会社は、原告の父田中留蔵が出資全額である四〇万円を出資して、昭和二五年一月一三日に設立された有限会社であり、当初、原告、右田中留蔵、原告の伯父田中磯松がその取締役に就任していたが、右田中留蔵が昭和四六年一二月五日に死亡し、右田中磯松が昭和五〇年七月二九日に死亡し、それ以来、原告が唯一の取締役であること、原告は、自己所有建物を無償で訴外会社の営業所として使用させていること、訴外会社は原告が代表者として業務全般を執行するほか、従業員六名を雇傭して金物類の製造・販売業を営んでおり、昭和三五年頃から昭和四六年頃までの間には、二〇名位の従業員がいたこと、昭和六三年頃の年間売上高は約二億円で一ケ月の純利益が約三五〇万円であること、原告は、本件意匠権について、その取得以来、訴外会社に対してのみ無償で通常実施権の許諾をし、毎月定額の給料や役員報酬を同会社から得ていることが認められる。

右認定事実によれば、訴外会社は、独立した法人格を有する有限会社としての実体を有していると解するのが相当である。

その他、本件においで訴外会社の法人格を否認して訴外会社が原告個人と実質的に同一であるとの原告主張事実を認めるに足りる証拠はないから、右主張は失当である。

(二) 次に原告は、訴外会社に専ら本件意匠権を実施させて利益を取得させ、それによつて原告が給料・役員報酬等の利益を得ることができ、訴外会社の利益の増減と原告の収益との間に相当因果関係があるから、原告が本件意匠権を実施しているのと同視できる旨主張する。

しかし、前記(一)の認定事実によれば、訴外会社の取得する純利益のすべてが原告に帰属するわけではなく、むしろ原告の収益額は従業員給料の総額を下回るものと推認しうるから、原告主張の相当因果関係はないと解せられ、原告が本件意匠権を実施しているのと同視することはできない。

従つて、原告の右主張は失当である。

3  緒論

右1、2の各認定事実によれば、原告は、本件意匠権を業として実施していないことが明らかであるから、不実施の意匠権者に該当する。

4  意匠法三九条一項の推定について

(一)  右規定は、侵害者の得た利益額をもつて意匠権者の受けた損害額と推定すると定めている。

(二)  しかし、右規定が意匠権の侵害に対する損害賠償の請求をいわゆる一般の不法行為に対する損害の賠償の請求としてとらえていることは、その規定の体裁上明らかであり、不法行為により被つた損害の賠償の請求は権利者(被害者)において損害の発生を主張立証すべきところ、同規定は、意匠権に対する侵害行為によつて意匠権者が被つた営業上の損害の額について、その立証が一般に困難であることに鑑み、これを救済することを目的とするものであつて、権利者が被つた損害の額を推定するにとどまり、侵害者が侵害行為により受けた利益額と同額の損害を権利者において被つたことまで推定するものではないと解すべきものである。

従つて、原告が右規定の適用を受けるためには、原告が自ら業として本件意匠を使用しており、かつ本件意匠権に対する侵害行為によつて現に営業上の損害を被つたことを主張立証する必要がある。

(三)  ところが、原告は、前記1ないし3認定のとおり不実施の意匠権者であるから、本件について右規定が適用される余地はないものというべきである。

(四)  そこで、原告は、意匠法三九条二項により、前記侵害行為による損害の賠償として、本件意匠・本件類似意匠の実施に対し、通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭、すなわち右意匠権について通常実施権を許諾する場合の実施料相当額を請求しうるにとどまるものである。

5  実施料相当額について

(一)  原告は、本件意匠ののこぎりの市場性が高いから実施料率は二〇パーセントを下らない旨、あるいは売上高の二二パーセントや販売価格の一〇パーセントを認めた実例もある旨、契約期間中に見込まれる利益の三分の一ないし四分の一が相当であるので販売価の一六ないし一二パーセントは最低限度保障すべきである旨主張するところ成立に争いのない甲第一九号証、第二〇号証の一・二によれば、石抜撰穀機の特許発明につき、売上高の一〇パーセント、スヌーピーの名称で広く親しまれている小犬のぬいぐるみの意匠につき、販売価格の一〇パーセントの実施料率を認めた判決例があること、特許発明につき実施料の合計額を契約期間中に見込まれる利益の三分の一ないし四分の一程度にとどめるべきであるという見解が業界において支配的であるとする文献があることが認められる。

しかし、これらは本件意匠権の対象物品たるピストル型のこぎりとは全く異なる物品であり、あるいは特に著名な商品であるから本件における実施料率の決定にあたつて参考とすることは相当でなく、また前記三分の一ないし四分の一の例は特許発明に関するもので意匠に関するものではないし、また見込まれる利益というのは商品の販売価格そのものではなく、売上高より各種の費用を控除した残額を指称すると解されるから、との三分の一ないし四分の一を商品の販売価格に換算すると、実施料率は大幅に下落することが予想されること等により、本件における実施料率の決定にあたつて参考とすることは相当ではない。

原告本人の各供述によつても原告の右主張事実を認めるに足りず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  むしろ、被告は、本件における実施料率は商品の販売価格の三パーセントが相当であると主張している。

(三)  そこで、右(一)、(二)の各認定事実に本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すると、本件における実施料率は、イ号物件の販売価格の三パーセントをもつて相当と認める。

6  原告の損害額について(イ号物件の実施による損害額について)

請求原因(六)の事実のうち、被告がイ号物件を販売単価一七〇円で合計二万五〇〇〇個販売し、販売総額が四二五万円であることは、当事者間に争いがない。

そこで、右四二五万円に前記認定の実施料率三パーセントを乗じた積は金一二万七五〇〇円となり、これが原告の損害額となり、原告が被告に対し、同額の損害賠償請求債権を取得したことが明らかである。

八  結論

以上の次第であつて、原告の本訴請求は、前記七6の金一二万七五〇〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五九年八月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辰巳和男 裁判官 山田整 裁判官奥田正昭は転任のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官 辰巳和男)

日本国特許庁

昭和49.7.24発行 意匠公報(一) 15

383071 出願 昭46.5.25 意願 昭46-17705 登録 昭49.4.26

意匠権者(創作者) 田中弘道 三木市本町2の3の2

代理人 弁理士 辻壽

意匠に係る物品 のこぎり

説明 背面図は正面図と対称にあらわれる

〈省略〉

日本国特許庁

昭和50.1.7発行 意匠公報(二) 15類似

383071の類似1 出願 昭46.9.2 意願 昭46-32258 登録 昭 49.10.7

意匠権者(創作者) 田中弘道 三木市本町2の3の2

代理人 弁理士 東耕龍男

意匠に係る物品 のこぎり

説明 背面図は正面図と対称にあらわれる

〈省略〉

物件目録 (一)(イ号物件)

物品は「のこぎり」である。

その形態は、(一)前部に刃部を、後部に握り部を設けて全体としてピストル形状に形成されており、(二)刃部は先端にいく程細くなつた細長状とし、握り部はてのひらに握り易くした弧状として、刃部と握り部との長さ比をほぼ二対一とし、(三)握り部の弧状となつた端部は尖つていると共に、握り部のほぼ中央部に握り部にそつて弧状の開孔部を開孔した意匠。

写真(一)のとおり.

以上

写真(一)

〈省略〉

物件目録 (二)(ロ号物件)

物品は「のこぎり」である。

その形態は、(一)前部に刃部を、後部に握り部を設けて全体としてピストル形状に形成されており、(二)刃部は先端にいく程細くなつた細長状とし、握り部はてのひらに握り易くした弧状として、刃部と握り部との長さ比をほぼ二対一とし、(三)握り部の弧状となつた端部は尖つていると共に、握り部の両側面のほぼ中央部に握り部にそつて下端部に丸穴開孔を残して握り部のほぼ半分の深さにへこませた弧状の溝状開孔部をそれぞれ凹設した意匠。

写真(二)のとおり。

以上

写真(二)

〈省略〉

図面(一) (イ)号意匠図面

〈省略〉

図面(二) (ロ)号意匠図面

〈省略〉

図面(三)

〈省略〉

意匠登録出願人の氏名(名称) 久保田工業株式会社 意匠登録出願人の住所(居所) 兵庫県三木市末広三丁目2番11号 本意匠の表示

代理人の氏名 弁理士 山下野二 出願番号 意願昭 一

意匠に係る物品 のこぎり用柄 出願日 昭和 年 月 日

意匠の説明 なし 登録番号 登録日 昭和 年 月 日

図面(四)

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意匠登録出願人の氏名(名称) 久保田工業株式氏会社 意匠登録出願人の住所(居所) 兵庫県三木市未広三丁目2番11号 本意匠の表示

代理人の氏名 弁理士山下賢二 出願番号 意願昭 一

意匠に係る物品 のこぎり用柄 出願日 昭和 年 月 日

意匠の説明 なし 登録番号 登録日 昭和 年 月 日

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意匠公報

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意匠公報

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